【対談】能登半島地震で被災した日本料理店の器を金継ぎで修復 ― 七尾「一本杉 川嶋」と箔一が語る文化支援

金継ぎによって生まれ変わった器

 

能登半島地震で被災した日本料理店の器を金継ぎで修復

2024年1月に発生した能登半島地震は、多くの人々の暮らしや文化に大きな被害をもたらしました。石川県七尾市の日本料理店「一本杉 川嶋」もその一つです。築95年の店舗は被災により解体を余儀なくされ、店主・川嶋氏が長年大切に集めてきた器の多くも割れや欠けなどの被害を受けました。

地震後、箔一の代表 浅野は、旧知の間柄であった川嶋氏の安否を気遣い、お電話をしました。その中で、店舗だけでなく、長年大切にしてきた器も被害を受けたことを知ります。

「友人として何か力になれないか」。その思いをきっかけに、箔一としてできる支援について社内で話し合いました。金銭的な支援ではなく、伝統技術を持つ企業だからこそできる支援としてたどり着いたのが、金継ぎによる文化支援でした。

完成した器を前に、店主・川嶋氏と箔一代表取締役社長 浅野達也が、それぞれの思いや震災からの歩み、そして金継ぎがつないだ未来について語り合いました。

一本杉川嶋の川嶋氏と箔一代表浅野

器が金継ぎにより戻ってきたときの気持ち

浅野:
今日はありがとうございます。久しぶりにお会いできましたね。お元気そうなお顔を拝見できて安心しました。

昨年12月にお預かりした器も、5月には一部をご覧いただきましたが、こうして修復した器がすべて揃った姿をご覧いただくのは今日が初めてですね。実際にご覧になって、いかがでしたか。

川嶋氏:
ありがとうございます。おかげさまで元気にしています。震災から時間が経っても、2024年8月頃までは気持ちがあの日から動けずにいました。
復興支援で地域を回っていても、店の片付けや器に向き合う気力が持てなかったんです。

そんな中、浅野さんから「友人として何か力になれれば」とお電話をいただき、本当にうれしかったことを覚えています。その後、箔一として金継ぎによる修復をご提案いただき、あの一言が「もう一度店を再開しなければならない」という気持ちを呼び起こしてくれました。
そして今回、修復されたすべての器が初めて目の前に並んだ瞬間、言葉が出ず、しばらく見つめてしまいました。
そのあと、全身に鳥肌が立ち、涙は出ないと思っていたのに、100点以上の、我が子のように大切にしてきた器の新たな姿を見て、自然と涙が溢れました。
破損した器が、こんなふうに戻ってくるとは想像していなかったので、自分でも驚くほど心が揺さぶられました。

金継ぎで修復された器を前に対話する一本杉川嶋の川嶋氏と箔一の浅野

金継ぎされた器の印象

浅野:
細かく破損していたものも多く、職人もパーツの整理に苦労していました。
心を込めて修復させていただきましたが、仕上がりはいかがでしたか。

川嶋氏:
修行時代から集めてきた器には、一つひとつ思い出があります。
手に取るたび、その器と出会った日のことが蘇り、地震で割れてしまった記憶が、金継ぎによってそっと塗り替えられていくようでした。
欠けやひびが“修理跡”として残るのではなく、器の新しい表情として生かされていると感じました。震災で割れたという事実さえも、金継ぎの線によって、前に進む力に変わったように思います。

金継ぎによって修復された器

箔一の修復支援について

浅野:
川嶋さんとは以前から親しくさせていただいていました。

地震後、まずは友人として何かできることはないかと思い、お電話をしました。

お話を伺う中で、店舗だけでなく、料理とともに歩んできた大切な器まで失われてしまったことを知りました。私たちは金銭的な支援ではなく、箔一だからこそできる支援は何だろうと社内で考えました。その答えが、伝統技術を生かした金継ぎでした。

川嶋氏:
店の片付けもできず、割れた器を見ることさえできない時期に、「金継ぎをしますよ」と言っていただけたのは、本当に救いでした。
粉々になった器も多く、職人さんが破片一つひとつを丁寧に拾い集め、組み立ててくださったことが伝わってきます。湯呑みや花入など難しいものも含め、一つひとつの器に寄り添いながら修復してくださっているのが、手に取るだけでわかりました。

金継ぎ修復された器を確認する一本杉川嶋の川嶋氏と箔一の浅野

今後の器の活用について

浅野:
再開にはもう少し時間がかかるとのことですが、金継ぎされた器のお披露目はどのようにお考えですか。

川嶋氏:
器は本来、料理が乗って初めて生きるものだと思っています。ただ、震災の記憶を刻んだ器として、展示で活かせるものもあると感じました。
欠片を別のかたちに再生したり、器の物語を新しい形で伝えたり、震災前よりも役割が広がる可能性があります。
いつか再開する店で金継ぎされた器を使い、能登の食材とともにお客様をもてなせる日が楽しみです。

金継ぎで修復された器の一覧
修復された器を囲み対話する川嶋氏と浅野

現在の活動について

浅野:
現在は県外でも料理を提供されていると伺います。ご自身の店への思いはどのようにありますか。

川嶋氏:
全国から声をかけていただき、県外で料理をつくる機会が増えています。
ありがたい経験ですが、どれだけ移動しても、「能登に戻り、自分の店を再開する」という気持ちは揺らぎません。
今回、金継ぎされた器を見た瞬間、「必ず戻る」「この器とともに再開する」とあらためて強く心に誓いました。

金継ぎで修復された器を見る川嶋氏

店舗再建に向けて

浅野:
金継ぎされた器は、再建にどのような影響を与えていると感じますか。

川嶋氏:
再開に向けて、ようやく気持ちが前に進み始めたと感じています。本来は2026年春の再開を目指していましたが、復興が進まず、まだ見通しは立っていません。
ただ、今回修復していただいた器は、震災の記憶を抱えながらも未来へ進むための、大切な象徴になりました。
この器とともに、必ず再出発したいと思っています。

金継ぎで修復された器を前に語る川嶋氏と浅野

箔一代表 浅野達也より

浅野:
今回の修復を通じて、改めて器は単なる道具ではなく、人の記憶や文化を受け継ぐ存在なのだと感じました。

地震の後、友人として何か力になれないかという思いから始まった取り組みでした。箔一としてできることを考えた結果、私たちが培ってきた伝統技術を生かした文化支援という形で、お手伝いをさせていただきました。
金継ぎは、壊れたものを元に戻す技術ではなく、その器が歩んできた時間や物語を未来へつないでいく仕事だと私たちは考えています。

修復した器が再び料理を盛り、多くの方をもてなす日が来ることを心から願っています。そして、ものづくり企業として、これからも伝統技術を通じて地域や文化に寄り添う取り組みを続けてまいります。

器を手に取り金継ぎ修復について語る川嶋氏と浅野

金継ぎがつないだもの

今回修復した器は、単に割れた器を元に戻したものではありません。
震災で傷ついた記憶を受け止めながら、新たな価値をまとい、再び食卓へ戻る器となりました。
箔一はこれからも、金継ぎをはじめとする伝統技術を通じて、日本の文化やものづくりを未来へつなぐ取り組みを続けてまいります。

金継ぎとは

金継ぎは、割れや欠けのある器を漆で接着し、金粉などで仕上げる日本の伝統的な修復技法です。傷跡を隠すのではなく、新たな美しさとして生かす考え方が特徴で、近年はサステナブルなものづくりとしても注目されています。

プロフィール

川嶋 亨氏

肩書き
日本料理店「一本杉 川嶋」店主
紹介
石川県七尾市に店舗を構えていた日本料理店「一本杉 川嶋」の店主。能登の豊かな食材と器の調和を大切にした料理で高い評価を受け、ミシュランガイド(※)にも掲載された実績を持つ料理人です。2024年の能登半島地震により店舗は被災し、現在は営業を休止していますが、全国各地で料理を提供しながら、2027年の店舗再建に向けて歩みを進めています。器とともに紡いできた物語を大切にし、能登の食文化の継承と再興に取り組んでいます。
Instagram
https://www.instagram.com/ipponsugi_kawashima/

浅野 達也

肩書き
株式会社箔一 代表取締役社長
紹介
金沢箔の伝統技術を現代の暮らしや文化へ生かす取り組みを推進し、工芸品、建築装飾、文化財修復、アート作品など幅広い分野で新たな価値を創出しています。金継ぎをはじめとする伝統技術を通じて、日本の文化やものづくりを未来へつなぐとともに、地域文化の継承や復興につながる取り組みにも力を注いでいます。

※「ミシュランガイド」は、日本ミシュランタイヤ株式会社の登録商標です。

関連ページ

ニュースリリース
能登地震で被災した料理店「一本杉 川嶋」の器を金継ぎで修復。「器に宿る物語」を未来へつなぐ、文化支援のかたち。
プロジェクト紹介
金継ぎでつなぐ希望 ― 箔一の能登半島地震支援プロジェクト
金継ぎ修復の実績
能登半島地震で被災した「一本杉 川嶋」の器の金継ぎ修復事例
金継ぎについて
大切な器に新しい物語を。箔一が手がける金継ぎについて
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