【語り継ぐこと】水押し箔の開発について

■語り継ぐこと Vol.4

語り部
浅野志津雄(箔一相談役)

金沢箔の文化を担ってきた方々に、歴史の話をお伺いしていきます。
可能性を広げた「水押し箔」の開発についての話を、当社相談役に聞きました。

自分たちの力だけで、箔をあしらっていくために

箔一が創業したばかりの頃、箔を貼る技術が十分にありませんでした。そのため、工芸品づくりには外部の職人さんの力をお借りしていました。

ただ、40年以上前の伝統産業の世界といえば、良くも悪くも職人気質の方ばかり。価格や納期などもアバウトで、取引する際にも気苦労が少なくありません。そのため、自分たちで箔をあしらう技術を身に着けたい、という想いが強くなっていきました。しかし、箔押し職人はすべからず秘密主義で、自分の技術を教えることはおろか、人前で見せることすらありません。インターネットもない時代ですから、情報が全くなかったのです。

箔一が開発した水押し箔は、長年の修行がなくとも美しく箔があしらえるようになったという点で、大変に画期的なものでした。

誰も教えてくれない。だから自分で考える

その時代に技術を得る方法といえば、正式に弟子入りして雑用からスタートし、何年も修行するのが唯一の道でした。ですが、箔一を起業したばかりの私たちには、そんな余裕はありません。

そこで、新しい箔貼りの技術の開発に取り組むことにしました。

当初のアイデアは、シールのような形でした。箔を台紙に固定し、糊を事前に塗っておけば、誰でも美しく貼れるはずです。しかし、実際にやってみるとうまくいきません。箔は極端に薄くデリケートです。気泡が入ってしまったり、静電気を起こしてカールしてしまう現象もみられました。さらに、形を作るためにハサミやカッターでカットすると、箔が台紙と嚙み合ってしまい、うまくはがれなくなることもありました。

陶磁器の世界から得たヒント

何とか実現できる方法がないか考えていました。ヒントは陶芸の世界にありました。
陶磁器の世界では絵付けの効率化のため、水で転写するシールの研究がおこなわれていました。古くは18世紀の欧州で始まったようで、百貨店などでも見る「ウエッジウッド」などは、優れた転写技術によって成長した陶磁器メーカーです。日本においては、岐阜県の美濃で積極的に研究がなされてきた歴史があり、地理的な関係で、名古屋に転写紙のメーカーが多数ありました。九谷焼でもこの技術が使われていたこともあり、石川県でも知られていました。

こうした技術に可能性を感じ、名古屋のメーカーと何度もやりとりを重ねました。その結果生まれたのが、水押しの転写シールです。

水の力によって、美しい箔あしらいが可能に

水押し箔のシートは、箔を水溶性の糊で転写紙に固定させたものです。これを水で濡らして貼りたい場所に置けば、台紙は水と糊によって浮いているような状態となるため、簡単に引き抜けます。このことで、箔を好きな場所にあしらうことができるのです。

実験を重ねてみると、水と箔が、大変に相性が良いことを発見しました。貼った後に上から押さえることで、水と一緒に気泡を抜くことができました。水押しの場合、ゆっくりと糊が固まるため、仮に気泡が入ったとしても、これを抜くだけの時間が確保できます。また、水が即席のコーティングとなって、しごいても箔が割れにくくなることも効果的でした。さらに、水は電気を通しますので、箔の静電気を放電してくれる機能があることもわかりました。

水に濡らせば簡単に箔をあしらえます。
水溶性の糊で台紙に張り付けられており、水に濡らせば簡単に好きな場所に箔をあしらえます。気泡を抜くのが容易で、静電気も抑えられるなど、使いやすい様々な工夫がなされています。

新しい技術によって、箔工芸の可能性を広がった

こうして、水の力を借りることで、多くの人が美しく箔をあしらえるようになりました。特に水押し箔の技術は、気泡の懸念が大きい広い面積への箔押しへの解決策となりました。このことで、お盆などといった大型の工芸品を自分たちの手で制作できるようになり、デザインの幅も広がりました。金沢箔工芸品が広く受け入れられるきっかけにもなっています。

最近は、箔をあしらう技術が進化したことから、水押しの技術はさほど使われなくなりました。しかし、大変優れた技術であることは間違いありません。さらに応用することで、新しい工芸品づくりに結び付けられると考えています。

当時のカタログには水押し箔を使用した商品も多数掲載されています。