先般、東京ドームで開催された『第20回テーブルウェアーコーディネートコンテスト』で初めて、料理の専門家である服部幸應(はっとりゆきお)先生の「審査員特別賞」を受賞させて頂きました。
今 回は5回目の挑戦でもありましたが、金箔を主体としたインテリアとテーブルウェアのコーディネートで仕上げました。金箔の器に料理を盛る事は、一般的な考 えでは料理が主役にはならず、これまで積極的に使用されませんでした。しかし今回、審査員の中でも、料理を盛りつける器を選ぶ審査員として、一番専門家で ある服部先生に選んでいただいた事が本当に嬉しく「金沢箔の益々の可能性に大きな光を」灯してくださった事にも繋がりました。


現在、箔一の原点である工芸品の製作ラインは、創業から15年の過渡期に入社した社員ではなく、新しい人材が主となり工芸品を製作しています。蓄積してきた技術がありますから、それを基盤に新しい発想、新しい技術を加えて発展させていってくれているのはとてもありがたいことです。しかし、どんなに創業時の苦労や会社資源・資材の大切さを語っても、当時の状況を実感していないと中々伝わらないことがあります。
今回は、逆転の発想の3つめのお話をさせていただきたいと思います。
変色箔でオリジナル性の面白さをセールストークに販売し、売上げを確保していた頃、デパートではギフト商品として、同じ柄の銘々皿や茶托など5点セットの販売が主となってきました。
変色箔は金属の変色する特性を活かしているため、同じ模様に出来ません。オリジナル性を求めるお客様と、均一な同じ模様の商品を求めるお客様に2分されてきました。おりしもデパート問屋との取引も始まりギフトの注文が急速に伸び商品製作に追われる毎日でした。
逆転の発想(3)は次回に回し、今日は106名が死亡した2005年のJR脱線事故でJR西日本の前社長の無罪判決についての私なりの考えを綴りたいと思います。
1月11日の判決で「事故は予測できる可能性は無し」と急カーブの自動列車停止装置(ATS)を設置するなどの必要な安全対策を怠ったと検察側が主張したが、事故が起こりえる具体的な根拠が示されないと前社長の個人の過失責任を問う裁判で無罪判決となりました。当時の運転手は死亡していて、誰に無念さをぶつけていいのか106名の遺族の悔しさや憤りは推し量られます。
企業のトップの過失責任を追及する困難さや難しさを問うた判決でした。
今日は、逆転の発想によって、あぶらとり紙が生まれるまでを書かせていただきます。
創業間もない頃、金沢箔工芸品を営業して全国を回っていると、ある所から「工芸品は必要ないが、金箔打ち紙の脂取り紙を仕入れたい」という声をいただくことがありました。初耳だったので詳しく聞くと、金箔を打ち伸ばす時に使う打紙で、打ち古したものは「ふるや」と言われ顔の“脂取り紙”として京都の祇園の舞妓さんや、粋人さんの間で重宝されるとの事でした。用済みの紙でも付加価値が高くなかなか手に入らないとのことでした。
工芸品が売れなくて困っていた時の注文なので、早速金沢へ戻り、金箔の職人さんのところへ売って頂くよう回りました。しかし、職人さんは自分に仕事にを出してくれる問屋さんのところへ「ふるや」を収めるので、私のような新参者へは回してもらえません。当時は、親方と子方のラインがしっかりとしていたのです。














